旅先で積まれた石を見ると、自分も同じように積みたくなってしまうが、やらないほうがいいことも多い。勝手に石を積んだために、ほかのハイキング客が道しるべと勘違いして、道に迷ってしまうかもしれない。また、高山植物などの繊細な生態系に害を与えたることもある。石積みをはがしたりすれば、その下の土はむき出しになり、雨に流されて浸食が起こることもあるだろう。
実用的にも精神的にも、また見た目にもきれいな石を積みたくなる気持ちは理解できないでもない。人間の本能にも近いと言えるかもしれない。
「私たち人間は、岩のある風景のなかで進化しました」と話すのは、『Cairns: Messengers in Stone(ケルン:石のメッセンジャー)』の著者デビッド・B・ウィリアムズ氏だ。「人は数千年前から石を積んできました。私はここにいた、生きていたのだ、と伝えるために」
とはいえ、石積みには道しるべ、墓、芸術作品など様々なものがあり、人々が石を積む理由も複雑だ。ここでは世界各地の石積みの例を紹介しつつ、その背景にあるものをひもといてみたい。
道しるべ
遊牧民族から農耕民族、古代モンゴル人から南米の山岳民族まで、石を積む文化は世界各地に存在した。植物があまり生えない場所で、安全に旅をするための道しるべとして石が積まれることも多い。
筆者の住む米メーン州では、森のなかを歩くときに松の枝を折って道を築くことは難しくない。しかし、砂漠や高緯度の北極圏など、踏みしめる草もなければ、枝を折る木も生えていないような場所では、石を積む以外に道しるべに使えそうなものは見つからないのだ。
かつて、携行する水がなくなる前に、次の集落へ到着しなければならなかった旅人たちにとって、石積みは重要な道案内役だった。チベット高原やモンゴルの大草原、アンデスのマチュピチュ遺跡へ続くインカ道などに、こうした石の道しるべが残されている。
18世紀から19世紀にかけて、米国西部の開拓地では、所有地の境界を示すために石を積んだ。モンタナ州やコロラド州の山には、その名残である巨大な石積みが残されている。先住民族や、スペインから移住してきた羊飼いの手によって作られたもので、「ストーン・ジョニー」と呼ばれている。
古代スカンディナビア人やケルト人、スコットランド人の船乗りたちは、石を積んで灯台を作った。こちらは大の大人が1日がかりで作るような大きな建造物で、人の背丈よりも高く、しっかりと積み重ねられていた。道案内という意味では、ひざ丈ほどしかないベイツ・ケルンと同じ発想だが、その他の点では大きく異なる。
記念碑、巡礼の証
護符や信仰の象徴として作られた石積みもある。
スペイン北西部からフランスまで伸びる約800キロの「サンティアゴの道」は、使徒聖ヤコブの墓があるとされるスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂までの巡礼路だ。その道端には、巡礼者たちが残した円すい形の石積みが立ち並ぶ。中世の巡礼者がしたように、今もひと月ほどをかけてサンティアゴまで旅するのは主にキリスト教徒だが、この道と石積みは、宗教を抜きにしても、人々がずっと往来してきたことを今に伝えている。
「ユダヤ教徒は、墓参りをしたとき、死者への敬意を表すために墓石の上に石を置く習慣があります」と、ウィリアムズ氏は言う。「米国南西部に住む一部の先住民族には、石に唾を吐き、それを石積みの上に置いて体内にエネルギーを取り込み、健康の回復を願う習慣があります」